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もりあそびより
「遊んでばっかりで、学校に行って困らないか」問題
- お知らせ

先日、川遊びをしていたときのこと。
年少のSくんが、棒を振り回して遊んでいると棒がポキッと折れました。
折れた棒の断面を見ると、枝の真ん中に白いスポンジのような、
ふわふわしたものが入っています。
「ふわふわだよ」
Sくんは、そのふわふわを触って遊んでいました。
「これは何の枝かねえ?」と聞くと、
「竹じゃない?」とSくん。
そこへ年長のJくんがやってきました。
折れた棒を見るなり、
「これは、あじさいだよ」と言いました。
「なんで、あじさいと思うん?」
と聞くと、Jくんは枝の表面をなでながら、
「これが、果樹園にある切ったあじさいとそっくりだから」と答えました。
私はてっきり、枝の真ん中にある「ふわふわ」を見て、
何の枝か判断したのかと思っていましたが
「そんなところで判断したのか!」と、ちょっとびっくりしました。
子どもって、本当によく見ています。
Sくんは「竹」と言いました。
Jくんは「あじさい」と言いました。
どちらが正解か、ということではありません。
大事なのは、「なんだろう?」
と思ったときに、自分のこれまでの経験を引き出して、
「これかなあ?」と、見当をつけてみること。
Sくんは、竹のような「節」を見ていたのかもしれません。
Jくんは、以前見たあじさいの枝の「肌触り」や「見た目」を思い出したのかもしれません。
自分の中にある経験の引き出しから、似ているものを探して、考えてみる。
「言葉ではうまく説明できないけれど、なんとなくこれかな」
という感覚も、実はとても大切な力です。
これは、数学や科学の世界でも必要になる力です。
「予想する」
「比べる」
「違いを見つける」
「共通点を見つける」
「仮説を立てる」
そんなことの土台になる力です。
以前、こんなこともありました。
りんご狩りに行ったとき、子どもたちがりんごの木の葉っぱを見て、
「桜と同じ葉っぱだね」と言いました。
実際、りんごも桜も同じバラ科の植物で、葉っぱの形やつくりにはよく似ています。
もちろん、子どもたちは「りんごと桜はバラ科だから……」なんていう知識を
教わっていたわけではありません。
ただ、毎日の遊びの中で、たくさんのものを見て、触って、知っている。
だから、
「これ、前に見たものと似てる」
ということが、自然にわかるようになっていく。
もりのこえんの子どもたちは、毎日、虫やトカゲやカニなどの生き物に出会い、
いろいろな植物に触れています。
「これはなんだろう?」
「触ってみたい」
「(頭の中で想像したものを)作ってみたい」
「やってみたらどうなるんだろう?」
そんな心の動きから、遊びが始まります。
斜面を走り回っていても、
戦いごっこをしていても、
木に登っていても、
「ここは危なくないかな」
「これは自分にできるかな」
「次はどうしたらいいかな」
と、頭の中ではいろんなことを考えています。
遊んでいるように見えて、
ものすごく見て、
ものすごく考えて、
ものすごく試している。
それが、子どもの遊びなんだと思います。
だからといって、
「勉強に役立つから、外で遊ばせよう」はちょっと違います。
「遊びの中で、こんな力が育ちますよ」
「学校の勉強にも役立ちますよ」
は、遊びのすごさを知らない人に、わかりやすくお伝えする時に伝える言葉。
子どもが「おもしろい!」と思った。
「やってみたい!」と思った。
「なんだろう?」と心が動いた。
その瞬間に、子どもが夢中になって遊んでいる。
まずは、それが大事なんだと思っています。
遊びは、勉強に役立たせるための手段ではありません。
大人のそんな下心が見えると、
子どもの心は動かなくなるんですよねー。難しいですね。笑
子どもが子どもとして、心を動かして生きること。
その結果として、見たり、考えたり、比べたり、試したりする力が育っていく。
そして、その力が生涯学ぶ力として、きっとその子を支えてくれる。
だから私たちは、
「遊んでばっかりで、学校に行って困らないかな」という目先の不安ではなく、
今日も一日全力で遊ぶ子どもたちを見て、
「すごいなあ、こんなに遊べるんだったら、なんの心配もないなあ」と
安心して見守ることが出来るのです。


